全国学力テスト 個人情報保護法に背く恐れ

「論壇」『朝日新聞』200733

 

文科省は昨年末、全国学力テストの国語と算数・数学のテスト問題の一部と、児童生徒および学校に対する質問紙をウェブサイトで公開した。これらは昨年秋の予備調査で使われたもので、今年4月に予定されている本調査でも同様のものが使われるだろう。

 全国学力テストは通称で、正式には全国学力・学習状況調査という。小6・中3の児童生徒を対象に、市町村教育委員会などの協力を得て、文科省が実施する行政調査である。外見上は区別しにくいが、学校の定期テストや入学試験とはまったく性格が異なる。全国学力テストには教育制度上の問題も多々あるが、ここでは個人情報保護の観点から疑問を提示したい。

 たいへん気になるのは、児童生徒への質問紙で私生活の有り様、保護者との関係、自分自身への評価を具体的に尋ね、さらに家庭の文化的階層を調べるための質問にも答えさせようとしていることだ。「家の人から大切にされているか」「物事を最後までやり遂げうれしかったことがあるか」「家に本が何冊あるか」「親と一緒に美術館や劇場で芸術鑑賞するか」といった具合に、児童生徒と保護者のプライバシーに踏み込む情報を大胆に収集しようとしているのだ。

 しかも、回答紙に出席番号を、小6では氏名をも記入させるために、誰の回答か簡単に特定できる。したがって、テストの点数や学習状況調査への回答はすべて個人情報に該当する。そのため、学力テストの実施主体である文科省は、それらの収集・利用・保管に関して、行政機関個人情報保護法を遵守しなければならない。

 そこで問題となるのは、文科省にはこのような個人情報を収集・利用・保管する権限があるのかということだ。行政機関個人情報保護法では行政機関は所掌事務遂行の範囲でのみ個人情報の収集等を認められているが、文科省の所掌事務の遂行にこのような個人情報が必要とは考えられない。

 児童生徒を直接指導する立場にある学校でさえ、児童生徒の私生活や家庭的背景に関する情報の収集は、個人情報保護条例等に基づいて慎重に行われなければならないのだ。文科省が説明するとおり教育・教育施策の改善が調査の目的なら、個人を特定する必要もないし、数万人を抽出して調査すれば足りるはずだ。

 さらに、同法には、個人情報の収集に先立って、利用目的を明示し本人の同意を得なければならないと定められている。つまり、仮に個人情報の収集が文科省に許されるとしても、保護者に収集目的を説明し同意を得ることなく、児童生徒を全国学力テストに参加させ回答させれば、同法違反となる可能性があるのだ。

 学校が行う定期テスト等は児童生徒の指導・評価の資料を得るという目的が明確であるため、上記のような手続きは必要ない。しかし、文科省の行政調査である学力テストは話が違う。児童生徒を学力テストに参加させることを決めた市町村教委の判断の是非も問われる。文科省は早急に、個人情報保護法制を遵守する態勢を整え、学力テストのあり方を見直すべきではないだろうか。

 

中嶋 哲彦(名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授)