特集 すでにはじまっている“教基法「改正」後の世界” 

1 新自由主義教育改革――経済財政諮問会議と石原都政下の教育改革政策

2006年6月27日 教育基本法「改正」情報センター

目次

はじめに

第1節 新自由主義教育改革と教育基本法「改正」
第2節 石原都政下の新自由主義教育改革

はじめに

 政府与党提出の「教育基本法全文改正案」および民主党提出の「日本国教育基本法案」をめぐって、2006年5月から主に衆議院教育基本法改正特別委員会で審議が行われてきた。審議においては、「愛国心教育」と教育基本法改定の意義(「国民道徳」を強調する必要性)という2つの論点をめぐって、「敗戦後遺症」「占領軍による押し付け」からの脱却と「教育勅語」に類似した権威主義的な「国民道徳」の復古をめざす「日本会議」系議員と、政府によるそこまでの教育統制は現行憲法上、また現行教育システム上、困難と考える文部科学省との間での一種の“攻防戦”という様相がみられる。教育基本法改悪反対運動の中にも、これらの論点と勢力に焦点を合わせる傾向がみられる。
しかしこれらが今回の論点のすべてではないし、推進勢力のすべてではない。2000年の森政権下での教育改革国民会議に始まる今次の教育基本法「改正」は、4つの勢力とその教育改革要求の合力によって推進されていると考えられる(以下、渡辺治「いまなぜ教育基本法改正か?」、雑誌『ポリティーク』5号、2002年、参照)。

 第一は、90年代に文部省(当時)が進めてきた新自由主義教育改革を不徹底とみる産業界など「新自由主義改革徹底派」(教育改革国民会議での多数派)による、新自由主義教育改革急進化の要求である。第二は、1996年の「日米安全保障宣言」、97年「新ガイドライン」、99年「周辺事態法」から2003年自衛隊イラク派兵、2004年「有事法制」までの、「国際貢献」の名による日米軍事同盟のグローバル化と自衛隊の海外派兵体制づくりを進める「軍事大国派」による、日本国民への大国主義的ナショナリズム教育強化への要求である。第三は、90年代の教育改革が引き起こした「教育荒廃」の原因を「個人主義と平等ばかり強調する戦後教育」に求める「権威主義派」(教育改革国民会議での少数派)による、「家庭でのしつけ」や道徳教育、「公への奉仕の精神」強化への要求である。第四は、「新自由主義派」によってヘゲモニーを奪われ、公教育削減の圧力をかけられた文部科学省による、政府主導で教育改革を進める制度的・財政的裏づけを得るための「教育振興基本計画」への要求である。(したがって、「愛国心教育」といっても、1953年の池田・ロバートソン会談以来の、日米軍事同盟強化の枠内でのそれを念頭においている“親米的”な軍事大国派や文部科学省と、権威主義派内部で戦前天皇制国家へのノスタルジーに浸る“反米的”グループのそれとの間には齟齬・対立があるが、いまはこの論点には立ち入らない。)

 ここでいう新自由主義教育改革とは、以下のような特徴をもっている。第一に、経済的背景として、高度成長期に確立した「横並びの」労働力を大量に養成する公教育では、新自由主義的経済グローバル化のなかで日本の多国籍企業の国際競争力を向上させえないという焦りから出発していることである。第二に、アメリカ合衆国をモデルとする、人々の生活世界が教育や福祉・医療などを含めて隅々まで資本蓄積の場とされ、一方に多国籍企業と富裕層がそびえたち、他方には多数の貧困層が堆積し、政治は前者の自由に干渉しない程度に「小さく」、しかし後者を抑圧するには十分に「強力な」国家によって営まれるという“理想像”にふさわしい、教育改革を行うことである。第三に、その対策として、従来型の公教育の縮減をめざしていることである。具体的には、義務教育費国庫負担の削減、公立学校の統廃合、教職員削減、教科書の内容の3割削減、「ゆとり教育」などである。第四に、国際競争力向上に資する新たな教育政策への重点投資をめざしていることである。たとえば、英語教育・情報技術教育、中高一貫などの新たなエリート学校の新設、エリート予備軍を選別する「習熟度別」(能力主義的)学級編成、全国一斉学力テストなどである。第五に、以上を徹底する手法として、市場競争原理(市町村別・学校別の学力テスト一覧表の「情報公開」、消費者としての親による「学校選択の自由」化、「個性」「能力」の名による教育格差の肯定など)や企業経営原理(経営責任者としての校長の権限強化、「人事考課」制度による教員統制の強化、教員層の「従業員」化、非常勤・任期付などの「不安定雇用」の多用など)を強調することである。

 今次の教育基本法「改正」を推進する勢力とその教育改革要求が以上のようであるとすると、この間の国会審議や改悪反対運動では、最も重要であるはずの経済界など「新自由主義改革徹底派」という勢力とこれによる新自由主義教育改革という論点が過小評価されてきた、という面が否めない。

 そこでこの論説では、新自由主義教育改革と教育基本法「改正」の関連という問題を集中的に検討することにする。まず、経済界などの新自由主義教育改革要求が2つの教育基本法「改正」案とどのように関連しているかを概観する(第1節)。そして新自由主義教育改革の“先進例”として、石原都政下の「教育改革」を考察することにする(第2節)。


第1節 新自由主義教育改革と教育基本法「改正」

(1)政府与党による教育基本法「改正」案の中での新自由主義教育改革の位置

 政府与党の「改正」案には、大きく言って、4つの重要な問題がある。第一は、現行法前文から、日本国憲法の「理想の実現は、(中略)教育の力にまつべき」の文言を削除し、また「改正」案第1条で、教育の目的として「国家(中略)の形成者として必要な資質を備えた(中略)国民の育成」を強調している点である。

 第二は、そのような「国民の育成」教育の目標の中に、「道徳心」「公共の精神」「伝統と文化」といった権威主義的な徳目(同6条の学校教育での「規律」もそうである)や、「国(中略)を愛する(中略)態度」という大国主義的な徳目が含まれている点である。

 第三は、これら教育目標の中に、新自由主義的なそれが含まれている点である。具体的には、「改正」案第2条第2号の「能力を伸ばし」や、同第4条の「能力に応じた教育」、同5条の義務教育における「能力を伸ばし」と現行法の義務教育年限「9年」の削除、同16条の「教育水準の維持向上を図る」などであり、学力優先・英才教育是認の能力主義・競争主義教育が明示されている。

 実際、2003年3月の中央教育審議会答申は、法律が成立すれば5年ごとに改定されるはずの「(教育振興基本)計画に盛り込むことが考えられる具体的な政策目標等の例」として、筆頭に「全国的な学力テスト」の実施(注1)による「国際的な学力調査での上位成績」維持、次いで「習熟度別指導」、さらに「中高一貫教育校の設置を推進」「幼児教育体制の充実」「国際競争力のある大学づくり」、そして「グローバル化、情報化社会」への対応として「TOEFL等の客観的な指標に基づく世界平均水準の英語力」「情報活用能力の向上」、を掲げている。また「教員の能力、実績を適切に評価するシステムの導入等を通じて、教員間の切磋琢磨を促し」として、教員への競争的統制の手法の導入を明示している。

(注1)テスト成績の市町村別・学校別・校内順位の一覧表型公表についても、全面否定はされていない。詳しくは文部科学省『全国的な学力調査の具体的な実施方法等について』、2006年4月を参照のこと。

 第四は、現行法第10条の「教育は、国民全体に対し直接に責任を負って」を削除し、また「教育」と「教育行政」の区別をなくすべく「改正」案第16条第1項で「教育は(中略)法律の定めるところによる行われるべきものであり、教育行政は(以下略)」と規定し、同第2項で「国は(中略)教育に関する施策を総合的に策定し、実施しなければならない」として、教育という営みを、国会(具体的には多数派である政府与党)が定める教育諸法とそれらに基づく内閣の教育行政へと限定した点である。その上、「改正」案第17条第1項では「政府は、教育の振興に関する施策についての基本的な方針及び(中略)基本的な計画を定め」るとし、同第2項で「地方公共団体は、前項の計画を斟酌し、(中略)基本的な計画を定める」とし、同18条で「必要な法令が制定されなければならない」としている。これは、上記の新自由主義・権威主義・大国主義的な教育目標を実施するべく、国会の法律→内閣の「教育振興基本計画」→この「基本計画」を施行する政令・文部科学省令など→自治体(都道府県→市町村)の教育委員会が定める「地方教育振興基本計画」→各学校・家庭・生涯学習・地域など、という政府統制ルートを明確に打ち出したものである。

(2)経済界・経済財政諮問会議が主導する新自由主義教育改革

 新自由主義教育改革のための政府統制は、実は、小泉政権においてある程度、実現されている。政策決定の頂点に君臨することになった「経済財政諮問会議」では、産業界(日本経団連会長と経済同友会の幹部)および新自由主義派経済学者から新しい政策案が提起され、彼らと内閣(とくに首相・内閣官房・財務省・総務省)の合議をへて、各年度の最重要政策が「経済財政運営・構造改革基本方針」として閣議決定される。ここで明記された教育政策としては、公立・非営利教育への競争原理の導入(2001年)、国立大学の非公務員型独立法人化、義務教育での学校選択制の推進、「コミュニティ・スクール」(合衆国型のチャーター・スクールのこと)の検討、習熟度別指導の拡大、学力向上事業、英語・情報・科学技術教育の強化、「心の教育」・家庭教育の強化、教員評価制度の導入、奉仕活動の単位化そして「構造改革特区」(株式会社立学校の一部解禁)(2002年)、公立学校の包括的民間委託の検討開始、義務教育改革(学力向上施策、学校選択・学校評価制度、教員評価制度など)、大学・大学院改革(2003年)、学力向上のための「学習指導要領」見直し、教員の給与・定数の見直し、教育委員会改革、校長権限強化、学校外部評価の拡大、寄宿生活の試行(2004年)、学校外部評価・学校選択制の拡大普及、幼児教育の強化、「学習指導要領」改訂と「全国学力調査」の実施、「教育利用券制度」(バウチャー制度のこと)の検討、教員人事権の市町村移管、保護者・住民の学校参画、教育委員会制度の見直し、教員採用・免許制度の見直しそして地方税財政の三位一体改革(義務教育費国庫負担制度・負担率の見直し)(2005年)などと、多岐にわたっている。2006年答申(7月予定)では、教育委員会廃止型の構造改革特区の解禁と教育バウチャー制度導入などが主要テーマとなっている。

 「経済財政諮問会議」のこれらの諸提案は、実は日本経団連や経済同友会から提起されていたものであった。例えば、日本経団連『新ビジョン』(2003年1月)は能力主義教育改革を提起し、同「優先政策事項」(2005年11月改定)には「教育基本法を早期に改正し教育改革の枠組みを設定する。教育委員会や学校への権限委譲、株式会社立学校等の参入促進、学習指導要領の柔軟な運用などを通じ、多様な教育を実現するとともに、学校評価や学校選択制の導入促進等により、生徒や保護者の選択の幅を拡大する。同時に、学校への予算配分は、学校選択の結果が十分反映されたものとなるよう抜本的な見直しを図るとともに、予算執行に当たっての学校側の裁量を拡大する。教員の質の向上に向けて教員養成・採用制度の改善ならびにユーザーによる教員評価制度の導入を図る。」と明記されている。そして同「義務教育改革への提言」(2006年4月)では、具体的に、学校選択制の全国的導入、「学校評価ガイドライン」(学力テストの成績・進学実績・生徒の欠席率などの客観データの公表義務化、学校ごとの「教育目標」とその数値目標の対外的公表など)の策定とこれに基づく学校外部評価、教育バウチャー制度の導入、教員人事権の市町村移管と学校長主導の教員配置、能力主義型教員給与制度の導入などが提起されている。

 産業界の要求→「経済財政諮問会議」答申をさらに具体化するのが、@「総合規制改革会議」(2001−04年)・「規制改革・民間開放推進会議」(04年から、企業経営者など民間人のみで構成)やA行政改革に関する閣議決定である。@では例えば、その2005年12月「第2次答申」には、教職大学院構想への批判、教員免許のない社会人への任期つき教員採用の拡大(注2)、学校選択制の普及拡大、教育バウチャー(入学者数に応じた予算配分方式)、教育委員会の必置規制の撤廃(教育委員会の選択的廃止)、教員人事権の市町村移管などが明記されている。またAでは、同月「行政改革に関する重要方針」(閣議決定)の中で、地方公務員定員の5%純減と学校教職員のそれを上回る定数削減(「児童・生徒の自然減に伴う減少を上回る純減」)、「教員人材確保法」の廃止による教員給与の引き下げと公務員全般への「能力・実績主義の人事制度」・成果主義賃金による給与格差の拡大、が明記されている。

(注2)すでに塾講師を公立学校の非常勤講師に採用したり、学校での補習授業を大手予備校に委託している事例が広くみられる(『日経新聞』2006年記事)。
以上にみた、市場競争原理と企業経営原理に基づいて「国際競争力のある」学力向上と能力主義・選別主義教育を推し進めようとするこれらの教育改革要求は、経済界→経済財政諮問会議→閣議決定→文部科学省による中央教育審議会への諮問→同答申に基づく文部科学省の施策(「学習指導要領」の改訂を含む)という政策決定過程を通して(注3)、すでに実施・試行されつつある。

 この政策決定方式こそ、教育基本法「改正」後の「教育振興基本計画」の決定方式を先取りするものと考えられるのであって、「教育振興基本計画」策定が文部科学省主導による教育予算確保の担保になるということではない点を、強調しておきたい。

(注3)産業界と内閣からの圧力によって、例えば、中教審・文科省では教員免許を10年ごとの更新制にすることや、社会教育権限を教育委員会から首長部局に移管すること、義務教育以外の職業訓練校等での教育バウチャー導入が検討されている。

(3)自治体での教育への政治介入に重点を置く民主党案

 民主党の法案にも、一言ふれておきたい。同案は、上記の政府統制ルートについて、国会→内閣→文部科学省まではほぼ同じであるが、自治体での教育行政について異なる構想を示している。同党案第18条は、現行法第10条から「不当な支配に服することなく」を削除し、かわって「教育行政は、民主的な運営を旨として行われなければならない」として、多数決原理に基づく(つまり、国会・地方議会の多数与党や、選挙で当選した知事・市町村長の選挙「マニフェスト」に基づく)教育行政を積極的に打ち出し、自治体では「教育行政は(中略)長が行わなければならない」「教育行政に関する民主的な組織を整備する」としている。その意味するところは、教育委員会制度の廃止と知事・市町村長直属の教育行政組織(例えば、諮問機関である「教育審議会」と県庁・市役所「教育部」など)であろう。

 政府与党案は文部科学省→地方教育委員会という行政介入による統制であるのに対し、民主党案は政党・首長という政治介入を重視する統制となっているのである。

ページの先頭へ


第2節 石原都政下の新自由主義教育改革

 以上にみてきた新自由主義教育改革とそのための政府統制(政治及び行政介入)の「先進例」となっているのが、石原都政(第1期:1999年4月〜、第2期:2003年4月〜)下の東京都教育委員会による教育改革である。都教委「教育改革」は、すでに教育基本法「改正」後の世界に踏み込むものとなっている。

(1)憲法・教育基本法との切断と東京都版「教育振興基本計画」の策定

 東京都教育委員会は2001年1月に「教育目標」を全文改定し、「人間尊重の精神を基調とし」の文言を削除し、かわって「道徳心」を強調し、「規範意識のある人間」「社会に貢献しようとする人間」「個性と創造力豊かな人間」(能力主義的人間像のこと)という徳目をもりこみ、それらの実現の責任を学校・家庭・地域にまで押し広げることと定めた。

 また「基本方針」も全文改定し、「日本国憲法及び教育基本法の精神に基づき、また児童の権利に関する条約等の趣旨を尊重して」の文言を削除し、かわって@「グローバル化と情報技術革命が進む東京にあって、(中略)基礎的な学力の向上を図り、(中略)個性と創造力を伸ばす教育を重視する」として、「人格の完成」ではなく学力優先、能力主義・選別主義教育を宣言した。A「社会生活の基本的ルールを身に付け」る、「社会に貢献しようとする精神をはぐくむ」、「心の教育を充実」(注4)という文言を盛り込んで、権威主義教育の強化を宣言した。B「国際社会に生きる日本人を育成する教育を推進する」として、大国主義的ナショナリズム教育の導入を宣言した。Cこれらを実現する手段として、「21世紀の教育改革をリードすべき東京にあって」、「経営感覚をより重視して、教育行政を力強く展開する」、「区市町村教育委員会との緊密な連携・協力」、「効率的で透明性の高い開かれた学校経営への改革」を強調している。

 知事主導で、自治体が特定の「人間像」を定め、新自由主義・権威主義・大国主義の教育内容を実施するという意味で、これは教育基本法「改正」後の世界、とりわけ民主党案的な政治主導・首長主導の教育統制を先取りするものである。

 (注4)石原知事の1999年選挙での道徳教育強化の公約に基づき、2000年度から都教委は「心の東京革命」と呼ばれる学校・家庭・地域ぐるみの道徳教育施策を独自に実施している。

 これら「教育目標」「基本方針」をさらに展開したのが、「東京都教育ビジョン」(2004年4月策定)である。その内容は、「戦後教育の反省に立ち」、「現行制度の枠組を超えたもの」と述べるように、教育基本法体制を否定もので、まず、「目指す人間像」として先述の「教育目標」の3つの人間像を強調し、次いで「家庭―基本的な生活習慣等を身に付け」る、「学校―知識・技能(中略)などを習得する」、「地域―習慣や規則を学ぶ」、「社会―(中略)社会貢献」というように、家庭・学校・地域・社会に特定の役割を押し付けている。その上で、乳幼児期から学童期、思春期、青年期のそれぞれについて「12の方向」と「33の提言」を書き込んでいる。その形式と内容は、先述した文部科学省「教育振興基本計画」案の形式と内容に類似している。

 その中から新自由主義教育改革のみを抜き出せば、例えば、学童期では(A)「学力を育成する」・「能力を伸ばす」という「方向」のもと、教育内容を厳選した上で(つまり、公教育全般は削減した上で)「競い合い」によって学力向上を図る、「習熟度別」指導を今以上に推進する。(B)「義務教育の現行の枠組」を見直すという「方向」のもと、「就学期間の弾力化と小学校入学年齢の見直し」「小中一貫教育」を行う(早期英才教育を意味する)。(C)「教員の資質向上」という「方向」のもと、「年功・一律的な教員給与を見直し」、「成果を上げている教員については、(中略)メリハリのある給与制度を構築する」(成果主義型の給与・昇進制度を意味する)。また思春期では(D)「多様な選択を可能にする学校教育」という「方向」のもと、(勉強に興味・関心がない子どもの場合は)中卒→就職という「複線型の進路選択が可能になる制度を整える」一方、(進学する子どものために)「高校教育の質の向上」を図る、「競争的環境の整備、教育行政施策の効率性」にむけて公立・私立学校間の「競争」を進める、としている。(このほか、「奉仕体験・勤労体験の必修化」などの権威主義教育や、「国際社会に生きる日本人としてのアイデンティティをはぐくむ教育」などの大国主義的ナショナリズム教育といった論点があるが、ここでは立ち入らない。ただし、都教委は「愛国心」という言葉を使っていないように、ここには、戦前の天皇制国家や教育勅語へのノスタルジーは全くなく、経済のグローバル化の中での日本資本主義の国際競争力の強化と日米軍事同盟のグローバル化に即応した国民動員・人材養成の戦略が打ち出されていることは、強調しておきたい。)

 「教育ビジョン」の策定作業は、おおよそ2002年11月頃から始まったと考えられる(注5)が、それはちょうど、教育基本法「改正」と「教育振興基本計画」の策定について諮問を受けた中教審(2001年発足)の活動と並行していた。確認はできないが、両者の間には何らかの相互作用があったと考えられる。その意味では、都教委「教育ビジョン」は、その形式においても、内容においても、文部科学省の「教育振興基本計画」を先取りした東京都版と位置づけられる。

 (注5)東京都教育委員会議事録2002年11月28日、事務局説明による。なお、驚くべきことに、都教委の公式議事録上では、「教育ビジョン」というものを誰が提起したのか、またなぜ必要なのかついてまとまった形で議論した形跡は発見できない。

(2)教育への行政・政治介入

 以上と平行して、石原都知事は、東京都の教育委員として、元文部事務次官や文科系大学の学長、弁護士出身の教育委員の後任に、鳥海厳(元丸紅会長、1999年から)、米長邦雄(棋士、石原都知事のブレーン、1999年から)、横山洋吉(前東京都総務局長、2000年から教育長、2005年から副知事)、内館牧子(脚本家、都知事ブレーン、2001年から)、高坂節三(2003年から、元伊藤忠商事役員、経済同友会の「改憲」答申のとりまとめ役)、木村孟(元東京工業大学学長、2004年から教育委員長)、中村正彦(前東京都危機管理監、2005年から教育長)を次々と任命してきた。いずれも都知事の選挙公約を率先して実現しようとする立場の人物で、義務教育の専門家は一人もいない。だが都議会は、事実上、自民・公明・民主を与党としており、この人事に圧倒的多数で同意している。

 これに先行して90年代末から、都教委事務局(東京都教育庁)では、教員出身ではない行政職員が教員人事を担当する要職に就任するようになっている(荒井文昭「分権化にともなう東京都教育機関の一般行政出先機関化現象」、池上洋通ほか編著『市民立学校をつくる教育ガバナンス』、大月書店、2005年)。

 このように教育委員会への政治的・行政的介入は著しく、実態としては“知事直属の教育審議会”と“一般行政色の濃い教育審議会事務局”とでも呼ぶべき体制が形成されており、これが新自由主義教育改革を推進する梃子となっている。

(3)教育行政主導の新自由主義教育改革

 次に、都教委の教育施策の内容を新自由主義的なものに限定して整理すると、以下のようにまとめられる。ただし全都一斉学力テストについては、次節で検討する。

@公立高校の大幅削減
 『都立高校改革推進計画』(1997年)と第1次実施計画、第2次実施計画(99年)、「新たな実施計画」(2002年)によって、208校あった都立高校は、計画完了時(2011年)に68校が廃校にされ、40校が新設され、合計180校に減少させられる。定時制課程は103校のうち63校が廃校にされ、15校が新設されて、合計55校に激減させられる。

A公立高校の複線化=階層化
 新設校「新しいタイプの高校」として、全日制では「総合学科制」9、「単位制」11、「進学型商業高校」2、進学型工業高校である「科学技術高校」2、商業・工業融合型の「産業高校」2、「体育・福祉高校」1、「総合芸術高校」1、定時制では不登校・中退者を主たる対象とした昼夜間総合学科制の「チャレンジスクール」5が、普通科では「力を発揮できない生徒」向けでペーパーテスト入試がない「エンカレッジスクール」3などが、それぞれ実現されつつある。しかし「新たな実施計画」の目玉は何といっても、6年制の「中高一貫学校」10校の新設と普通科での「進学指導重点校」7校の指定である。基本的には、6年制・進学型高校と「チャレンジスクール」「エンカレッジスクール」との複線化=階層化政策が進められているのである。またいわゆる”普通の“都立高校についても「学校の特色化」が強力に推進されている。

B学区制撤廃
 東京都『東京構想2000』(2000年)で学区制改革が打ち出され、都教委「これからの都立高校にふさわしい学区制度のあり方について」答申(2001年7月)をへて、2003年度入試(2003年2月実施)から学区制が撤廃され、全都を一つの区域とする学校選択自由化が行われている。これは学校間に競争原理を導入するものであった。

C都立四大学の解体・再編
 これまで4つ存在した都立の大学について、「東京都立大学管理本部」の設置(2001年7月)以降は、大学自身の手によるのではなく、都庁官僚主導で大学改革構想が策定され、2003年8月には「都立の新しい大学構想」によって、大学の独立法人化(都庁から与えられた都市問題解決・産学協同などの「大学の目標」を実施することと引き換えに運営経費の交付を受けるしくみ)、理事長(都知事が任命)と学長との分離(経営と教育研究の切断)、法科大学院・経営大学院・工学系大学院の新設・拡充とそれ以外の既存の学部・学科・夜間定時制の廃止、「大学の目標」に従う教員の選別と教員への任期制・年俸制(成果主義賃金制度)などの導入が打ち出された。大学関係者からの強い批判を振り切って、「首都大学東京」が2005年4月に発足している。

D学校運営における企業経営原理の導入
 他方、学校内では企業経営原理が大胆に導入されていった。まず、都教委「都立学校等あり方検討委員会」答申(1998年3月)を起点として、「東京都公立学校の管理運営に関する規則」が策定され(98年7月)、校長のリーダーシップの強化、校長を補佐する「企画調整会議」の必置と新しい管理職「主幹」の新設(2003年4月)、職員会議での補助機関化(意思決定の禁止)が行われた。学校内では1970年代に確立した自治的意思決定のしくみが壊され、校長→副校長→新しい管理職(主幹)→「実践層」(一般教員のこと)というトップダウン型の階層秩序が構築された。2006年に入って、職員会議での多数決さえ禁止されたことは、記憶に新しい。産業界出身「民間人校長」登用も行われている。

 都教委の「都立高校マネジメント・システム検討委員会報告」(2001年10月)、「学校経営計画策定検討委員会報告書」(02年10月)をうけて、全都立高校でマネジメント・サイクル方式が本格導入された(03年4月)。これは、学校を一個の経営体と見立てて、都教委の「教育目標」「教育ビジョン」に沿って、校長のリーダーシップと主幹の補佐で「学校経営計画」(PLAN)を策定し、そこで打ち出された数値目標を一般教員は「実践」(DO)することが求められる。年度末には「評価」(SEE)を行い、教員をその「成果」に基づいて給与と人事(昇進や配置転換)で格付けするとともに、新年度の「経営計画」を策定するという、PLAN−DO−SEEのサイクルによって学校を経営する方式のことである。

 「経営計画」の内容としては、大学進学者数や入試倍率、夏期・冬期構内講習会の開催数などの数値目標が必ず掲げられている。全体としては、進学関係、生徒募集・学校PR関係の内容が多く、中途退学者対策などを掲げる学校は少数にとどまる。

 学校ごとの「評価」のために、地域住民(町内会長)などからなる「学校運営連絡協議会」が新設され(2001年4月)学外者による「外部評価」が行われている。また「生徒による授業評価」も導入されている(2004年3月)。この2つは民間企業でいう「顧客満足度調査」をモデルとしたものである。

 また、「都立学校等の経営に関する検討委員会報告」(2002年4月)をへて、「都立学校バランスシート・行政コスト計算書」が試行導入された(02年12月)。これは経営体としての学校の財務状況を企業会計(複式簿記)方式で計算し、公表するものである。これによって、全日制普通科の進学指導重点学校は、生徒一人当りコストが100万円を下回って「効率的」である一方、養護学校では生徒一人当りコストが1200万円を上回り「非効率的」であることなどが“情報公開”されることになった。
民間企業の「総人件費抑制」をモデルとして、教員の定数削減、大量の非常勤・任期付教員の雇用が行われているのはいうまでもない。

E教員への新型の勤務評定制度・人事異動制度の導入
 これも企業経営原理導入の一環であるが、教員に対しては「都立学校教育職員の人事考課に関する規則」(99年12月)に基づいて、2000年4月から「教員等人事考課制度」と「自己申告制度」が導入された。これは、都教委の「教育ビジョン」と学校ごとの「経営計画」をもとにして教員一人ひとりが各年度の「成果目標」を自己申告し、年度末にはその達成度を管理職(校長)が査定して、人事(昇進・異動など)と給与・手当に格差が導入されているというしくみであり、民間企業での「目標による管理(MBO)」と「成果主義賃金体系」をモデルとしたものである。

 「東京都教員の定期異動実施要綱」(03年7月)によって、校長の「経営計画」に“そぐわない”教員は、着任1年目で他校への異動対象にされるようになり、移動の場合、「片道2時間まで」の遠距離校への転勤が可能とされるようになった。

Fトップダウン型の学校評価システムの確立
 学校内での企業経営原理の導入とあわせて、各学校と都教委の関係は、かつての「校長会」に象徴されるような、自治―指導助言関係から(実際には上意下達関係という面があったにせよ)、大企業と下請け企業ないしフランチャイズ店との契約・評価システムに類似したものへと変容している。都教委は官製の「校長連絡会」を設置して「校長会」の自治を奪うとともに、「都立学校経営支援委員会」を発足させ(2002年4月)、各学校の「経営計画」とその達成状況に対する「経営診断」を開始した。これをふまえ、「都立学校評価システム確立検討委員会」(2003年5月)の2つの報告をへて、2006年4月から「都立学校経営支援センター」を発足させた。

 この「経営支援センター」は、都内6箇所に置かれ、それぞれ約20校ずつを管轄し、指導主事らが毎月学校訪問(立入り調査)を行い、校長の「経営計画」策定・カリキュラム策定・「人事考課」への支援、教員の「授業見学」、日常的なトラブルへの「相談」、年度末の「経営診断」と人事異動案づくりなどの業務を行うとされている。また各学校の事務室で行われてきた庶務・経理・施設管理業務はこの「経営支援センター」で集中処理されることとなった。これにより、学校事務職員の大幅削減とこれら業務の民間企業委託(アウトソーシング)が行われた。

ページの先頭へ

(4)一斉学力テスト

 「基本方針」「教育ビジョン」にいう「学力向上」を具体化した施策として、都教委は2004年2月に、都内公立中学校2年生全員(約650校、約7万2千人)に対する国語・数学・英語・社会・理科のペーパーテスト形式による「学力調査」を実施した。翌2005年1月には、これに加えて都内公立小学校5年生全員(約1300校、約8万8千人)に対する国語・算数・社会・理科のペーパーテストも実施した。文部科学省は2007年度に「全国学力調査」を導入するとしているが、都教委の施策はこれを先取りしたものである(東京都教育委員会『平成16年度児童・生徒の学力向上を図るための調査報告書』、2005年6月9日、「はじめに」、参照)。その結果は、上記『報告書』とWEB上の「都教委ホームページ」に区市町村別のテストの平均正答率(百点満点中何点を取ったか)の一覧表という形で“情報公開”されている。

 この結果について、都教委事務局は以下のように分析している。例えば、小学校の「社会」では、全都平均正答率が81.3%なので「学習指導要領の(中略)目標や内容に照らした学習の実現状況については良好」である。ただし阪神工業地帯の地図上の位置という問題の正答率は62%程度と低かった。そこで「指導方法改善のポイント」は「工業地帯名などは、その都度地図で確かめる指導を取り入れて定着を図る」ことである。また中学校の「数学」では、全都平均正答率が65.3%なので「学習指導要領の(中略)目標、内容に照らした学習の実現状況においては、おおむね良好」である。ただし、方程式の解を求める問題と2つの三角形の合同条件を尋ねる問題で正答率が3割台であった。「指導方法改善のポイント」は「Y=AX+Bの傾きや切片の意味など、一次関数の特徴を理解させる」こと、「三角形の合同条件を理解(中略)できるようにする指導の工夫に一層努める」ことである。

 他の教科についてもほとんどこの調子で、学習指導要領の目標達成という観点で見た学力のレベルはどの場合も「良好」という官僚的答弁と、正答率が低い問題についてどう教えれば回答率がアップするかという機械的対応からなる“分析”が、延々と行われている。「学力」をペーパーテストの成績と等値することへの疑問は存在せず、学習指導要領の内容を教え込めば「学力向上」が図れるという“確信”に貫かれている。

 さらに驚かされるのは、この『報告書』についての教育委員による討論である(「東京都教育委員会議事録」2005年6月6日)。例えば、

委員「授業が楽しいかと聞かれたときに、結構おもしろくても楽しいとかよくわかるというのはすごく格好悪いというのがあって(中略)おれ、勉強嫌いなんだよというのが一つのファッションになっている」

指導部長「日本の子どもの特徴として、よくできる子どもほどまだわからないところがあると答える傾向にある」

委員「学校の勉強というか授業ということもさることながら、一番大事なことは基本的な生活習慣の定着だ」

委員「結局、算数と国語に問題があるというふうに考えたときに、(中略)先生の量と質の問題(があるのではないか)」

指導部長「授業力の向上を目指した東京教師道場等の制度をつくりまして、資質・能力の高い教師を養成していく計画を立てております」

委員長(中学生の意識調査に言及して)「授業はどの程度わかるかというのが平成15年度に比べると全部上がっています。(中略)そういう意味でいうと、一時心配された学力低下というのは歯止めがかかったのではないでしょうか」

(中学生で前年に比べ「数学」「英語」の平均点が大きく下がったことを指摘されて)
委員長「(前年とはテストの)問題が違いますので、比較するのは難しい」

という具合である。学力低下という客観的事実さえ否定する委員長、それを「ファッション」や「生活習慣」の問題にすりかえる委員、教員統制という結論に持っていこうとする事務局というように、まともな学力論議が成り立っていない。

 区市町村別一覧表をみれば、どの科目についても平均点の良い自治体と悪い自治体との「教育の地域格差」があることは明らかである。そしてこの「教育の地域格差」は「経済の地域格差」と相関している(倉沢進ほか編『新編東京圏の社会地図』、東京大学出版会、2004年、参照)。貧困度(失業率・生活保護率・母子世帯比率・身体障害者比率)の低い自治体(東京都心区)でテストの成績がよく、高い自治体(区部東側と北西多摩地区の市)でテストの成績が悪いのである。だがこの点に都教委は全く目を向けようとしない。成績の悪い自治体と都が協力して、教育予算を増額し、教職員を加重配置して、小規模校・少人数学級を実現し、学習指導要領の機械的教え込みによる「剥落学力」ではない真の学力を、教育現場の自主的イニシアチヴ(上からの官製研修ではない、教員間の横の自治的連帯)を重視しながら育くみ、「底辺」を引き上げることで都内の子ども全員の学力の「シビル・ミニマム」水準を向上させようという志向は、存在しないのである。むしろ一斉学力テストの実施→区市町村別成績一覧表の「公表して辱める(name and shame)」という手法によって、自治体間そして学校間・教師間・生徒間競争を煽ることで、少数のエリート予備軍を選り抜こうというのである。

(5)都から区市町村への教育行政統制ルート

 都教委「基本方針」が教育改革における都と区市町村の緊密な連携を謳ったのをうけて、「教育ビジョン」の制定と平行して、「義務教育改革に関する都と区市町村の連絡協議会」が設置され(2002年12月)、その「まとめ」が策定されている(2003年11月)。このなかでは、第1章で小中学校それぞれの教育の「目的」が規定され(例えば、中学校ならば「国家及び社会の形成者として必要な資質を養うこと」など)、「義務教育の現状及び問題点」が指摘されている(「思いやりや規範意識の欠如」「学力低下の懸念」など)。第2章では義務教育改革の課題が整理され、第3章では「新たな取り組み」として、「幼児期からの心の教育」(就学前教育における道徳性の育成など)、「児童・生徒の学力の向上」(学力調査等)、「地域と連携した教育活動の推進」(「セーフティー教室」のための警視庁職員の学校派遣、地域社会での地元警察署との連携など)、「教員の資質向上」(都政独自の教員養成のための「東京教師養成塾」の設置、「指導力に課題のある教員」に対する「指導の徹底」など)、都・区市町村の連携強化による教員任命権の区市町村委譲の検討と「学校の適正規模・適正配置」(一学年一学級の小規模な公立小中学校の廃校を意味している)といった具体的施策が明記されている。

 この「まとめ」は、都教委「教育ビジョン」で打ち出された義務教育改革施策について都教委と都内の区市町村教委との間で認識の一致を作り出し、区市町村側は改革施策を一斉に推進することを事実上、約束するとともに、都側は約束を守る区市町村に「支援策」と行うことを表明した文書である。これに基づいて、23特別区に関して言えば、その後、「区長会」の下にある「教育長会」や各種担当「部長会」「課長会」という行政内部ネットワークと、「都区財政調整制度」における各種補助金を通して、上記の改革施策が一斉に施行されていったと考えられる。

 現行制度上、都道府県レベルの教育委員会と市区町村レベルの教育委員会との間には上下の統制関係はないが、こうした行財政メカニズムを通して、(都による国の先取りという形で)国から都へ降りてきた教育改革施策は今度は都から区市町村へと降ろされ、各学校・地域レベルでよく似た教育改革が一斉に進行していくのである。

(6)都内区市町村での新自由主義教育改革

 23区横並びでの教育改革の進行の例証として、@一斉学力テストへの対応とA公立小中学校の学校選択制・統廃合をみてみよう。

@ 全都一斉学力テストへの対応
 2006年1月に三度実施された全都一斉学力テストでは、前年成績が悪かった多摩北西部のある市では、市教委が「各教科とも平均正答率7割」という数値目標をたてたが達成できなかった。市教委は「残念だ」とし、教員にいっそうはっぱをかけていくとコメントしている。また前年成績が悪かった区部東側のある区では、今回ランキングが上がり、区教委は「大変感激している」とコメントした(『朝日新聞』2006年6月7日記事)。

 民間企業で、経営陣が掲げる「今年度の売り上げ目標○○%アップ」「業界ランキング○○位達成」という数値目標のために、支店どうしが競争させられ、社員にノルマが課されるというのと、よく似た状況である。ここでは、教育という営みは、教育行政が掲げる数値目標を学校間・教師間・生徒間の競争によって達成するという事業へと変質している。

A 公立小中学校の学校選択制・統廃合
 23特別区においては、小規模な公立小中学校の廃校計画を策定しているものが17区あり、このうち11区は2001年以降に策定している。また指定された地元の小中学校に子どもが通う「指定校制度」を撤廃し、学校ごとに「特色」を持たせ、保護者が区域内の複数の学校の中から通学校を自由に選択する「学校選択制」は、品川区が2000年に導入したのを皮切りに、22区で実施されている。このうち、品川区と荒川区では区独自の一斉学力テスト(民間大手教育産業が問題を作成し採点している)の学校別成績一覧表がWEB上で公表されており、保護者はこれを見て学校選択できるしくみとなっている。そして13区では学校選択制と小規模校廃校とがリンクしており、他の3区では今後リンクする可能性があるという(新潟大学教育人間科学部比較教育学ゼミ作成資料、2005年5月現在、山本由美ほか『学校統廃合に負けない!小さくてもきらりと輝く学校をめざして』、花伝社、2005年、8頁による)。

 学校選択制の下では、「人気校」は概して学力テストの成績が良く、また就学援助率が低い。そして「人気校」と「不人気校」が固定化しがちである。その結果、一学年一学級となったり、新入生が極端に減少し、それを理由として区教委から廃校を迫られるという、学力テスト−学校選択制−学校統廃合リンク型の小規模校廃校の動きが近年、続々と見られる(品川区、荒川区、板橋区、台東区、文京区、足立区など、堀尾輝久・小島喜孝編『地域における新自由主義教育改革』、エイデル研究所、2004年、参照)。

ページの先頭へ


おわりに――教育基本法「改正」後の世界へ踏み込まないために

 以上、経済財政諮問会議による教育改革政策の動きと、石原都政下の都教委教育改革を検討してきた。これらの新自由主義教育改革は、今次の教育基本法「改正」と無縁な出来事ではない。むしろ、これらこそが、「改正」後に本格実現されるであろう「教育振興基本計画」の決定過程と内容の将来像であり、また「改正」後の自治体で全面展開されるであろう政治・行政主導の教育政策の将来像であると考えられる。
 私たちは、教育基本法「改正」反対運動のなかで「改正」諸案の新自由主義教育改革の側面にも焦点を合わせ、「改正」諸法案の廃案を強く要求していくものである。また仮に秋以降、国会審議が行われる場合にも、「改正」諸案のなかの新自由主義教育改革の面についてその問題性が明らかにされる論戦が行われることを求めるものである。

ページの先頭へ


トップページへ